学びを得るため出会った人かもしれない

我が家は義母や義姉と二世帯同居なんですが、この二人がしょっちゅう言い争いするんです。

もう80過ぎと60才の二人ですが、折り合いが悪いんですね。

言い争いの原因は義姉が物を捨てられない人なので、義母が片付けさせたくてケンカが始まることが多いのですが、どちらも気が強くて引かなくて。(でもそんな義母も物をため込んでるんですよ笑)

おばあちゃんとおばちゃんの言い争いは、隣家にも響くのではないかと思うほど大声なので、当然私の子どもたちにも聞こえていて、いつも「またやってるね」と苦笑い。

子どもには私たち夫婦がケンカするところは見せたことがないし、子ども同士で兄弟喧嘩をほとんどしたことがないので(あってもちょっとした口喧嘩です)人が争うことに免疫がなくて、「年寄りでもケンカするんだ‥」という感じで引いてます。

私たちにとばっちりが来るわけではないので、止めたり口出しはしませんが、そろそろ穏やかになってくれないかなと思います。

いろんな年代のいろんな性格の人が一つ屋根の下で暮らしているという点では、子どもたちにはいい刺激とか学びになるでしょう。

でもしょっちゅう喧嘩の声が響くのはいやです。

と言うのも、主人も義母と言い争いになったら同じように大声をあげて喧嘩するんです。

主人は私たちにそうやって怒ることはないですけど、義家族同士の喧嘩になると頭に血が昇ってしまうようです。

なんでそうなるかと言えば、義母の怒り方に原因があるように思えます。

自分のやり方に変えさせようと躍起になるので、そりゃ相手は反発したくなります。

自分が正しいと思い込んでるので、言うことを聞くまで執拗に大声でせめるんです。

ちょっと待つとか、相手の立場で考えてみるということが苦手なようです。

またみんなを自分より下に見ているところもあります。

物心ついたころにそんな義母を見て怒り方や喧嘩の仕方を学んだのでしょうから、影響を受けるのは仕方がありません。

三つ子の魂百までと言いますからね。

我が家の言い争いはほとんどが「義母vs誰か」です。(それ以外の組み合わせは見たことがありません)

必ず義母が絡んでるんです。

そして良くないのが、ふっかけるのは義母で最初から喧嘩腰なこと。

そんな人の言葉を誰が素直に聞けるでしょう。

私も同居してからしばらくは、そんな義母のやり方に反発したり泣かされたりしました。

でもある時、過剰に反応するのをやめてみたんです。

こちらの言葉は突っぱねられて届かないのですから、義母の言葉も受け取らなきゃいいと思ったんです。

あと従順でいい嫁でいようとすることや愛想笑いもやめました。

この方法は効果がありました。

声が(思いが)届かないというのは、人に無力さを覚えさせます。

最初は面白くなさそうでしたが、私にうるさく言ってくることはなくなったんです。

それは私が自分を守るためにやったことでしたが、思いがけないところにも変化がありました。

それまでどんなに嫌いでも、義母を大切にしなくてはという思いがあったものの、いつも喧嘩腰だったためストレスがあり、主人に愚痴を聞いてもらっていました。

何かあれば主人が味方でいてくれるはず、という期待があったんです。

でも主人はどっちの味方もしなかったんです。

私は自分の味方でいてほしいと期待していたから、主人には腹が立っていました。

だけど「いい嫁」をやめたら、自分で自分を守れるようになったので、主人に腹を立てることもなくなったんですよ。

私、たくましくなったなって思います(笑)

この家に嫁いでなかったら、以前の弱々のまま歳をとっていたかもしれませんからね。

この学びのため義母に出会ったのかもな、とも思います。

誰にも嫌われないようにすることがいいんじゃなく、みんなに嫌われたっていいから自分をいちばん大切にできなければ、人のために生きてるようなものです。

それは本心が望むこととは違うはず。

心と行動のチグハグがなくなるまで、何度でも同じ問題が起きます。

義母と義姉の喧嘩がなくならないのは、お互い学びに気づかないままだからなのではないでしょうか。

言いくるめるのが勝ちだと思っているうちは気づけないかもしれません。

気づくためには自分のやり方を思い返して、疑問を持つことから始まります。

それは本人にしかできないことなんです。

そんなきっかけがくるといいね、と思いながらブログのネタにさせてもらいました。

読んでくださってありがとうございます。

それではまた☺︎

mako

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